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南京町の歴史

南京町の沿革

南京町の誕生は、明治元年(1867年)の神戸港開港からといわれています。 当時の清国は日本と条約非締結国であったため、外国人居留地に住むことが出来ず、その西側に隣接する現在の「南京町」のあたりに居を構え、雑貨商、豚肉商、飲食店などを始めたことから、中国人が多く住む町として「南京町(なんきんまち・なんきんちょう)」「南京街(なんきんがい)」と呼ばれるようになったのです。
昭和初期には「南京町に行けば何でもある」と評判になり、「関西の台所」として大いなる繁栄をみせました。

しかし、昭和20年の神戸大空襲で元町一帯は全焼。戦後はバラックが立ち並ぶ闇市となり、やがて外国人バーが林立する裏通りに変貌してしまいました。

昭和50年代になり、南京町一帯が神戸市の区画整理事業の対象となったことから、商店主たちが「南京町を復活させよう」と南京町商店街振興組合を設立。かつての繁栄を取り戻すために中華街としての町づくりをスタートさせました。名称を「南京町(なんきんまち)」に統一し、ハード、ソフト両面にわたって整備を重ね、今の「南京町」を作り上げたのです。

  • 昭和8年頃の南京町の様子

    昭和8年頃の南京町の様子

  • 終戦直後の南京町の様子

    終戦直後の南京町の様子

南京町の歴史

南京町商店街振興組合の創立以降の歴史を3つの年代に分けて振り返ります。
ご覧になりたい年代のボタンをクリックしてください。
「写真」欄のカメラマークをクリックすることで、出来事に関連した写真をご覧いただけます。

年月日 出来事 写真
平成7年(1995年)
1月17日
阪神淡路大地震発生。
全壊8戸、半壊と一部損壊は全体の5割、長安門も半壊し、兵馬俑は全壊した。幸いなことに、町内での死者はなし。
 
平成7年(1995年)
1月25日
緊急会議開催。春節祭の中止を決定。  
平成7年(1995年)
1月31日
旧暦元日。神事と水餃子、紹興酒のふるまい。
平成7年(1995年)
3月12日
『南京町復活宣言』
ライフラインの復旧に合わせて開催。灰谷健次郎氏や筑紫哲也氏らをゲストに迎え、広場にて獅子舞や和太鼓、胡弓を披露。
 
平成7年(1995年)
5月20日~21日
『神戸五月まつり』開催。
中止になった「神戸まつり」を自分達の手で、と元町商店街と共同企画。元町商店街ではサンバや吹奏楽団、バトントワリングのパレードなどを行い、広場では獅子舞などを披露した。来場者約27万人。
 
平成8年(1996年)
1月17日
『南京町1.17地鎮の儀』
阪神淡路大震災で亡くなった方の3回忌に合わせて、午前5時46分に広場にて。その後、十二支石像に欠けていた「亥」像の開眼式。
 
平成8年(1996年)
8月14日
南京町公式ホームページ開設。
http://www.nankinmachi.or.jp
 
平成8年(1996年)
9月30日
横浜・長崎・神戸『中華街フォーラム』開催。  
平成8年(1996年)
10月1日
『長安門復興祭』開催。
震災で半壊した長安門の再建を祝って行われた。
 
平成8年(1996年)
12月11日~
第1回『南京町ランターンフェア』開催。
「神戸ルミナリエ」の協賛イベントとして、ルミナリエの前日から最終日まで広場を中心に提灯などで装飾。初日には龍舞または獅子舞の合図での点灯式がある。 なお、現在はルミナリエの前日からクリスマス頃までを開催期間としている。
 
平成9年(1997年)
3月26日
細街路の整備事業が完成。十二支のレリーフや震災復興への願いを込めたメッセージ入りレンガなども配置した。  
平成9年(1997年)
6月20日
建設大臣より「魅力あるまちづくり」の功労者として表彰される。  
平成9年(1997年)
7月4日
「南京町」が当組合の商標として登録される。
登録番号:4020808
 
平成9年(1997年)
7月19日~8月31日
『大長江節(フェア)』
復興特定事業の筆頭として神戸市と上海・長江-神戸・阪神交易促進日本委員会が主催する「大長江節」に協力。料理教室の実施、食や物販の出店、獅子舞や龍舞の出演など。
 
平成9年(1997年)
10月24日
神戸市教育委員会より『春節祭』が「神戸市地域無形民俗文化財」に指定される。  
平成9年(1997年)
12月19日
明るく住みよい地域社会づくりに貢献したとして、兵庫県より「兵庫県自治賞」を受賞。  
平成10年(1998年)
6月1日
「神戸市ポイ捨て禁止条例」により、南京町一帯が「投げ捨て防止重点区域」と「喫煙制限区域」に指定される。  
平成10年(1998年)
7月
『神戸南京町楊貴妃会』発足。  
平成10年(1998年)
10月4日~5日
『第1回中秋節』開催。
「南京町ニュートンサーカス」から「好吃広場」と続いてきた秋の食のイベントを、十五夜(旧暦の8月15日)にあわせて秋の風物詩とするべく、月を愛でて秋の豊作を祝う節句の祭として開催。
 
平成10年(1998年)
11月
広場の小財神の愛称をインターネットや新聞紙面で公募し、「財財」と「來來」に決定。
平成10年(1998年)
12月10日
広場北側に案内看板が完成し、点灯式が行われた。中央に地図、両側に町の歴史や春節祭の説明文があり、下部には店舗の写真広告欄がある。  
平成11年(1999年)
3月1日
南京町サーバー室を開設し、ホームページも店舗情報とイベント情報にわけて内容を充実。  
平成11年(1999年)
9月20日
南京町広場にて初の消防訓練を実施。  
平成11年(1999年)
12月31日
『南京町2000年カウントダウン』開催。
100個限定の記念刻印入りの枡でふるまい酒、龍舞の披露、「2000年鍋料理」などを実施。
 
平成12年(2000年)
4月
楊貴妃会の発案で、毎月1回の南京町広場大掃除がスタート。以降、ほぼ毎月継続して実施していたが、現在は年に数回、業者による路面洗浄を行っている。  
平成12年(2000年)
6月18日
『南京町二千年紀 招福開街式』開催。
架空線をなくし、美装化柱をたてる「南京町電線共同溝整備事業」完成記念式典として開催。
 
平成12年(2000年)
10月4日
電線共同溝整備事業の成果が認められ、建設省の外郭団体である都市づくりパブリックデザインセンターの「都市景観大賞」の景観形成事例部門の地区レベルにて入賞。  
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